Sep 04, 2009
グラマン社看護師求人のご案内
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津波にのまれ、がれきの山と化した岩手県陸前高田市の被災地で、小鎚(こづち)潤一さん(26)は妻有花(ゆか)さん(24)を捜し続けている。幼い長男を両腕にしっかり抱えて。11日、東日本大震災の発生から2カ月になる。行方不明者はいまも1万人近いが、国や自治体の捜索態勢は徐々に縮小されている。被災地には、きょうも肉親を捜す人たちの姿がある。
◇残された子も「母の愛情」忘れないように
よちよち歩いて、のぞきこむ。若い女性をまじまじと見つめ、また、よちよち。1歳半になる長男のしぐさを、父親の潤一さんはせつなく見守った。自宅を流され避難した市立第一中の乳幼児と家族用の一室。行方不明の有花さんを捜し、同年代の女性を一人一人確かめているようだった。避難から1週間ほどし、いないと悟ったのか、よちよちはやんだ。
揺れが襲った時、潤一さんは市中心部の勤務先から、南西部の気仙町へ急ぎ戻った。消防団の職務があるからだ。祖父母宅にいた長男の悠陽(ゆうひ)ちゃんは、弟の秀斗さん(16)らが高台に連れて逃げ無事だった。有花さんの職場は市北西部、川沿いだが海は遠い。「まさか津波は来ないだろう」。そう思っていた。
ところが有花さんは、川を遡上(そじょう)した津波にのまれ行方不明に。潤一さんは有花さんの同僚と勤務先周辺で、がれきをどけ泥まみれになった。消防団も「見つかるまでは」と休みをくれた。
遺体安置所回りが日課になった。顔を直接見た遺体は100体以上、写真も含めれば数百体に上る。損傷の激しい遺体、日増しに強まるにおい。消防団員を務める自慢の体力も、繰り返される落胆にむしばまれた。
4月に入り、勤め先の会社が営業を再開し職場復帰。悠陽ちゃんの世話もあり、捜索は週2、3回に減った。それでも、やめられない理由がある。
避難当初、有花さんの写真を見るたび、悠陽ちゃんはニコッと笑った。しかし気づくと、写真を前にしても、笑顔を見せなくなった。よく有花さんと「思いやりのある優しい子に育てよう」と語り合った。母からたくさんの愛情を注がれていたことも、忘れてしまったのか。
「すぐに助けに行っていれば、助けられたかもしれない。妻にも息子にも申し訳ない。優しかった有花を早く見つけてあげたい。おなかの赤ちゃんも一緒に」
長女になるはずだった赤ちゃんの名前は陽詩(ひなた)ちゃんに決めていた。出産予定日だった5月16日が近づいている。【山口知】
◇父が残したキーホルダーに誓う
宮城県名取市植松の会社員、佐藤洋孝(ひろたか)さん(23)は、父吉男(よしお)さん(54)を捜している。がれきに埋もれた吉男さんの車にあったキーホルダーを握りしめ、同市の遺体安置所に通う。
洋孝さんは昨年6月に結婚。海岸そばの同市閖上(ゆりあげ)の実家に両親を残し、海岸から5キロ以上離れた内陸の新居に移った。
3月11日朝。吉男さんは仙台市の会社に出勤した。洋孝さんと母真理江さん(57)は勤務先が同じで、ともに名取市の職場に出社した。震災発生時、洋孝さんは営業先の仙台市にいた。会社に戻る途中、携帯電話が鳴った。発生から25分後のことだった。
「大丈夫か。おれは大丈夫だ」。吉男さんだった。無口で不器用な父とのいつもながらのやりとり。これが最後になるとは夢にも思わなかった。妻(23)と母は無事で、新居も被害は免れた。しかし停電となり電話も不通。情報は入らず、実家周辺の惨状を知ったのは2日後だった。
父との音信は途絶えたまま。4月1日、仙台市から閖上に向かう橋の手前で、吉男さんの車を発見した。車内に、いつもダッシュボード上に置かれていたキーホルダーだけが残っていた。外国アニメのキャラクター。物心ついた時から記憶にあるが、吉男さんが、なぜ持っていたのか分からない。家が流された今、父の思い出の品はこれしかない。
孫と3人で釣りをしたいと、吉男さんはよく言っていた。願いはかなわないかもしれないが「必ず見つけ出す」。キーホルダーに向かい、誓った。【伊藤一郎】
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警察庁の9日現在のまとめによると、東日本大震災では今も、約12万人が避難生活を強いられている。東京電力福島第1原発事故のあった福島県は、県外にも約3万4000人が避難中だ。
行方不明者はいまだに全国で計9893人に上る。死者は1万4919人。被害の大きかった岩手、宮城、福島3県で計1万4855人に上るが、身元が確認されたのは1万2649人で、15%は身元が分かっていない。
建物被害は▽全壊8万3591戸▽半壊3万1435戸▽一部破損24万3474戸。環境省の推計で、津波で倒壊した建物のがれきは岩手604万トン、宮城1595万トン、福島288万トンに上る。
各県によると、これまでに完成した仮設住宅は岩手1759戸、宮城1312戸、福島1341戸(岩手、福島は9日現在、宮城は先月30日現在)にすぎない。必要戸数は岩手と福島が各1万4000戸、宮城は3万戸。完成目標は7月上旬〜9月末。福島では計画的避難が実施される影響で、さらに最大1万戸が必要になるという。【北村和巳】
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